ウチの近所の公民館の「パソコンクラブ」はパソコンを使ったお絵かきクラブ。 ワードやペイントでものすごい書き込み作品を作ってるのをみたことある 70代以上のパソコンの楽しみってすごい
(do-nothingから)
ウチの近所の公民館の「パソコンクラブ」はパソコンを使ったお絵かきクラブ。 ワードやペイントでものすごい書き込み作品を作ってるのをみたことある 70代以上のパソコンの楽しみってすごい
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(layer13から)
先月に発売された号のクーリエを読んでいたとき奥尻島のことを知った。 1993年の地震と津波で甚大な被害と悲惨な出来事を受けた、北海道西部の島。
その震災と復興の光と影は、東日本大震災の復興を考える上で参考になるかなと思うので、記事を紹介してみる。
といってもクーリエのオリジナルの記事ではなく、NewYorkTimesの記事の翻訳。英語を勉強している人は読んでみてください。
In Japan, a Rebuilt Island Serves as a Cautionary Tale(The New York Times)
簡単にまとめるとこんな感じ。
4600人ほどの島民のうち200人近くが犠牲になった
10億ドル規模(レートは不明)の復興プロジェクト
高さ10mの防潮堤や巨大な避難施設をつくった
ただし、これはかえって再生を妨げたのではないか?
地震後、現在は3分の2にまで人口が減っている
立派な漁港はあるけど肝心の漁師がいない
村民「産業育成にお金を遣うべきだったかも。」
復興工事の高給になれた若者が外に出た
6000万ドル以上借入があり、返済は2027年まで続く
復興契機の終焉で、自分たちでなんとかしないといけなくなっている
(Tohhokuと、northeastが混在してる・・)
この記事の位置づけは、ある震災復興の失敗例の紹介、といったところだろうか。
奥尻島の震災復興の話と10億ドル使っても過疎化を止められなかった島の話 - だいノート (via clione)(layer13から)